ギャングスタが斬る!

現役ギャングスタが時事問題その他を斬ります

ギャングスタが斬る!TOP


#どろろ 百鬼丸は現代の子供の象徴なのか

f:id:taketakeyoujo:20190402150438p:plain

ここでの「どろろ」は2019年版アニメに限定した話である。原作とは百鬼丸の性質がまったく異なっているので。

アニメにおける百鬼丸はどろろからアニキなどと呼ばれているものの、実際には兄貴分には程遠い未熟な存在として描かれている。どちらがアニキかわからない…どころかどろろお母さんに育てられる子供のようである。
Twitterで「どろろは育児」と言って赤ん坊のようになった百鬼丸をどろろがあやしている絵を上げていた人がいたが、まさにそれがしっくりくる。どろろが倒れてしまったときには「育児疲れ」などとも言われていた。
戦うこと以外はまるで幼い子供のようで、よくどろろと出会うまで生きてこられたなと思わずにはいられないほどである。

現代の子供はかつてないほどの情報の渦のなかにいる。絵本などよりスマホに慣れ親しみ、youtubeを見て過ごし、小中学生の間ではテレビタレントよりもyoutuberの方が有名だ。手のひらの小さな板から無尽蔵に広がる三千世界へとアクセス出来る環境にある。「スマホ育児」なる言葉まで出てきたほどだ。
当然ながらそこには優しい世界だけが待っているわけではない。渡る世間は鬼ばかりと言うように世界は悪意に満ち、残酷さが横溢している。
近年は過激派テロリストやメキシコの麻薬カルテルなどのお陰でショッキングなグロ画像、動画には事欠かない。ちょっとその気になって探せばこれがこの地球上で起きていることなのか、同じ人間のなせる業なのかと思うような、目を覆いたくなるコンテンツが腐るほど出てくる。ポルノの類いも見放題。剥き出しの悪口雑言がオブラートにも包まれずに飛び込んでくる。

百鬼丸が生きる戦国時代に似た様相がネットでは繰り広げられている。あまり知られていないがあの時代は大名や領主同士だけでなく、百姓同士でも戦をしていた。村と村、そして「合力(ごうりき)」といって戦争主体の村と同盟する第三者の村も加勢し、どんどん規模が大きくなってそれが領主や大名の戦に発展することも珍しくなかった。上から下まで戦に明け暮れていた時代、人の命などムスカ大佐の名言のごとくゴミのようであった。A村の者がB村の者に3人殺された場合、領主の調停によりB村の者を3人選んで差し出して殺すことで和解、ということもやっていた(「解死人(げしにん)」と言う)。

 

そんな中を生きていく百鬼丸は体や器官を取り戻すことで徐々に情報が増えていくわけである。見えない目でオーラのようなものを「視る」ことで個体を識別しているようだが、聴覚を取り戻し、手の触覚を取り戻すことで得られる情報が増えていく。いずれは視覚も取り戻すのであろう。

あたかも現代の子供がスマホを手にし、ネット世界を横断できるようになる様のようである。

そしてそこで残酷な現実を突きつけられる。

妖怪こそが人間の敵と信じて戦い続けた仙水(幽遊白書)が、実は残酷であった人間の真実を見てしまったように、みおや孤児たちの皆殺しを見た百鬼丸は激昂し、狂乱し、怒り狂う。

だが百鬼丸の傍にはどろろお母さんがいた。そのおかげで仙水にはならなかった。仙水の生き方を否定するわけではないが、少なくとも闇落ちせずにはすんだ。

スマホ育児の怖いところはその辺りである。親がしっかりとコントロール出来ているのならスマホは子供にとって有益である。しかし付きっきりで見てやることなど不可能であろうし、いずれはそう言ったコンテンツにも触れてしまう。「初カキコ、ども…」の人は中3でグロ見てる腐れ野郎であったが、今後は幼児期から初カキコしてしまう者も増えてくるのだろう。そのとき子供を仙水にするか、百鬼丸にするか。大人の責任は軽くない。

 

 

 

ロリコン探偵仁とニック1

ロリコン探偵仁とニック1