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闇へのご案内~すすきの黒服、客引き体験録3

 

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 第1話↑

 

「Dior」もまた客入りの良くない店だったのでビラにはよく出された。南五条メイプル通りの西五丁目にあったのでその辺りでよくやっていた。このビラは両マネージャーがうまくてよく客を連れてきた。

 「おっ○ぱい半額です!」そんな謳い文句が通例となっていた。この店がおっぱいを触れる店であることと通常のセット料金の半額でご案内するという情報を一言で伝えられるキャッチーなフレーズであったが純粋無垢なおれは最初なかなか言えなかった。ここは高級志向なので40分で6000円タックスサービス料10%とソフト系キャバとしては高めの料金設定だったがなにせ客入りが悪く知名度もない店だったのでセット料金半額、タックスサービス料10%はカット、5分前コール付きといった至れり尽くせりの条件を提示しなければ客を引っ張ってくるのは難しかった。高級志向のプライドなどどこへやらである。そもそも「ニュークラのような雰囲気のキャバ」というコンセプトが間違いだったのだが、クオーレという会社の代表が決めたことのようだったのでどうしようもない。
 この代表というのが静岡出身なので静岡と呼ぶことにしよう。太ってはいないが顔は金正恩に似ていた。逆に言えば金正恩が痩せれば静岡の顔になるということである。髪型はウエービーなオールバックだったと思うが記憶が曖昧である。北の将軍様より目つきは鋭かった。この業界に長くいて上層部にまで上り詰めているような奴はみな目つきが鋭く、突き刺さるような視線を投げかけてきた。
 ビラをしていると当然他店のビラも路上にいるわけである。表面上は仲良くしつつも腹の中ではお互いライバル心を燃やしていた。ビラにもすすきの全体で暗黙のルールとなっていることがあり、最大の禁忌は「刺さり」という行為であった。路上を歩いてきた客は先に声をかけた者に交渉権があり、その者が付いている間は他の者は決して声をかけてはならず、もしやってしまうとその行為を「刺さり」と言い、「刺さる」「刺された」などと表現した。これは店の大小やケツ持ちヤクザの力関係など関係なく誰にでも適応されるルールで、相手が誰であろうとやってはいけない。なのでやってしまうと大いに揉める。
 路上には通常の飲み屋のビラだけでなく客引きもいた。これもまた今は運営ごと無くなった店なので実名を出してしまうが「ラブマリン」というプチぼったくり店の客引きが五丁目にはたくさんいた。ラブマリン自体は西六丁目にあったが六丁目はすすきのの外れで「すすきのであるかどうか」も疑問視されるほどの僻地であり、ネオン輝く五丁目までとは打って変わって暗く、人通りもまばらなので五丁目を漁場にしているのであった。彼等は全員スーツを着ていたので一見すると優良店の従業員のようにしか見えなかったが店は「プチぼった」であった。
 ここの店の部長と言う人とマネージャーは仲良くしていた。部長は口ひげを生やしてチャップリンに似ていたからチャップリンと呼ぶことにする。チャップリンは自らも客引きとして現場に立ち客を引きながら他の客引きを統率する現場監督であった。いつも二台の携帯電話を首からぶら下げ、電話越しに怒鳴りながら歩いていた。そんなラブマリンと仲良くしていたのは客を「潰されない」「たまに客を回してくれる」ためだと言っていた。客引きは捕まえた客がどこかの優良店に行きたいのだというとそれを阻止するためあることないことを言って(主に「ないこと」を言うのだが)交渉を始めるのだがそれを「潰す」と言っていた。それをされないために仲良くしているのだといい、チャップリンも「あんたらのところだけは潰さないから」などと言っていたが実際には潰しており、客を回してくるのは潰しきれなかった客なのであった。まあそれを知るのはのちにおれ自身が客引きになったあとのことである。
   
 南五条メイプル通り西五丁目にはDiorのほかにハード系のキャバが二つ、ソフト系が一つあった。ハードのうちひとつはDiorの前からある老舗だが名前を忘れてしまったので老舗キャバとする。もう一つはDiorの後に出来た新しい店でUと呼ぶことにする。UはDiorと同じビルにあり、老舗は二つほど隣のビルにあった。老舗は老舗とだけあってここもラブマリンとは仲良くしていたがUは新参なせいか交流はない模様だった。もっともDiorも当時開業から一年にも満たない新参であった。Uを経営する会社自体はDiorの会社よりも古く、すすきのでも屈指の色んな意味でイケイケなところであった。
 もう一つのソフト系はDiorのあったスターヒルズビルの隣の「第2東亜すすきのビル」というなんとも時代がかった名前のビルにあった店で、漢字で四文字の店名だったので「春夏秋冬」と仮称することにする。
 風営法(風俗営業法)により風俗店やキャバなどの営業は受付が深夜〇時まで、営業が一時までと定められていた。だが実際には風俗はともかく飲み屋系は午前三時から店によっては朝まで営業しているのが当たり前である。情報誌などで営業時間が「20時~ラスト」などと書いてあるのはそのせいだ。だがガサ入れが入ったら一発で、営業停止処分は免れない。その辺りでどこの店も対処に頭を悩ませていたが、Diorの場合は「エレベーターに鍵をかけられる」という必殺技があった。Diorはスターヒルズビルの2階にあり、同フロアは他に店もないので、一時以降エレベーターの中にある鍵穴に鍵を回せば二階のボタンを押しても止まらないだったかドアが開かないだったかになるという仕様であり、警察を締め出すことができる。しかしそうすると警察ではない客も入れないことになる。なので一時以降はビル前に従業員を一人立たせ、ビルに入る客一人一人に「何階ですか?」と尋ね警察ではなさそうなら一緒にエレベーターに乗り解錠してご案内するという手筈になっていた。この「ビル下」はごま団子が担当する事が多かった。ごま団子はビラが上手かったため外にいることが多く、自然とその流れでそうなったのだろう。逆に三島はビラが苦手で店内業務が多かった。
 このエレベーターの施錠にも手順があり、その通りにやらないと店側からもエレベーターのドアが開かないという事態になってしまった。そうなるとそれを解除するためにビルの裏手の外にある非常階段から飛び降りて下に降りてなんか色々やらなければならなかった。二階から飛び降りるので危険な作業である。そしてこの手順間違いをおれはよくやらかした。
 基本的におれは何をやっても駄目なポンコツだったので他にも色んな失敗を繰り返し、怒られた。この業界の叱咤は当然「表の」仕事のそれとは比べものにならないほどに激烈なものであり、殴られるのも珍しくないことである。おれは殴られこそはしなかったがかなりきつい言葉を浴びせかけられ、豆腐メンタルはボロボロと崩れていった。そして三島だったかごま団子だったかは忘れたが辞めたい、と漏らしたのであった。
 するとその両名から居酒屋に誘われ、営業終了後に行くことになった。仕事が終わるのは午前の三時とか四時とかであったが、すすきのには朝の九時ころまでやっている安い居酒屋があった。そこで両名のおごりで呑み食いさせてもらい、色々と励まされ、辞めないようにと諭された。これは正直に嬉しかった。年も近く同じ非役職者である彼等がいなかったら続けようとは思わなかっただろう。従業員の可愛い女の子も巻き込みつつ盛り上げるそのトークスキルはさすがにこの業界の人間といった趣であった。飲み放題であることをいいことに次から次へとカクテルを注文してテーブルがグラスだらけになり、ごま団子が「おいこの卓キャクタン高ぇぞ」と言えば三島が「飲み放題だろ」と突っ込んだ。そんな楽しいこともあった。
 さておれがDior配属になったのは二月のことである。バレンタインデーにキャストの一人が黒服みんなにチョコを配り、新米ペーペーのおれにもくれた。
 やはりこういう業界の女なのでその辺のコンビニやスーパーで売っているような庶民的なチョコではなく、如何にも高そうな見たこともないような代物を頂戴した。これはお返しもそれなりのものを用意せねばならないわけで、かえっておれは困惑してしまった。
 だがその心配はすぐに解消された。ホワイトデーになる前にまたしても異動を命じられ、系列店のハードキャバに移ることになったのだ。

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