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闇へのご案内~すすきの黒服、客引き体験録5

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 第1話↑

 

 ここのところ多忙で前回の更新から間が空いてしまった。何を書いたのかも細かくは覚えていないので既出の事項を繰り返すかもしれないがその点ご了承いただきたい。

 ミキは腰の辺りまで伸びた黒髪の、当時確か19か二十歳だったと思うが若い女であった。容貌はまあ、少なくとも珍獣パークマリオネットのキャスト勢と比べると遙かに優れていた。世間一般的には中くらいといったところだろう。営業中はおれや石井と同じボーイ用の制服を着ていた。ボーイ長以上の役職者は自前のスーツを許されていたのである。

  キッチンと言っても調理をするわけではなく、前述したようなキャストや稀に客が注文する飲み放題以外の酒をつくるのが主な仕事であった。ボーイが例のオーダーが書かれた小さい紙を持ってインカムで「ウーロンハイ、ウーロンハイお願いします」などと言いながらキッチンにつながっているカウンターへ向かう。インカムはボタンを押してから1秒ほどは声が乗らずにノイズしか聞こえないため冒頭の単語を二回繰り返す決まりになっていた。カウンターには小さな小窓にカーテンが掛かっていて、カーテンを開けるとミキがいるのでオーダー用紙を渡す。そうして適宜待っているとまたインカムでミキがドリンクができあがったことを告げるので取りに行き、カーテンを開けて受け取り、客の元へ持って行った。それとダウンタイム前には客に消毒用アルコールを吹きかけたおしぼりで指を拭いてもらうことになっていたので、それを用意するのもミキの仕事であった。
 ダウンタイム中は黒服一人だけがホールにいて監視していればいいことになっており(暇なときはみんなホールに残ってインカムで面白トークをしていたのだが)、他の者はキッチンで小休憩を取っていた。頭のねじが吹っ飛んだ者の多いキャストの女どもの相手をしなければならない黒服勢からはミキは割とちやほやされていた気がする。
 おれも、見た目も中身も宇宙人のようにしか思えないキャストや容赦なく罵倒してくる黒服や安い料金で入ってる癖に態度のでかい客といったマザファッカーどもに囲まれている中でミキの存在は森の中の泉に降り注ぐ春先の光のようであった。ダウンタイム中に他の黒服がダウンチェックに入っていておれがキッチンで休んでいるときのトークは唯一心安まる時間であった。
 ミキも元々はキャバのキャストだったのだが、マリオの向かいにあるメンパブのうちの一軒の代表というのが彼氏で、そいつに言われて引退し、今はこのようにキッチンで働いているというわけである。時給は九〇〇円だったかだったと思う。
 何度も言っているようにマリオネットは客入りのよろしくない店だったので黒服は頻繁にビラに駆り出された。しまいにはキャストを伴って出されることもあった。もちろんその場合は希望者だけで、ビラに出られるキャストは時給面で優遇されていた。そうしてキャストとビラをしていると必然会話もすることになる。そう言った中で知り得たのは彼女らの置かれた環境も様々であるということであった。週に五日も出勤しているような「ガチ勢」はキャバ一本でやっていて身も心もすすきのに染まりきっていたが、週に二、三日しか出ないような奴は昼間の仕事をしていた。アパレル関係という者もいれば札幌○ームで売り子をしているという者、老人介護施設で働いているという者もいた。
 そんな中で有限会社クオーレ第2営業部、つまりキャバクラ部門はビラ配りのバイトを募集し始めて、その第一号として採用されたのが19歳のオナベであった。オナベというからには生物学上は雌である。だが見た目は浅倉大介のような金髪でファッションはBボーイ、話し方も歩き方も男そのものであった。この頃にはトランスジェンダーなんて小洒落た言葉もなかった(或いは一般的ではなかった)のでオナベと言うしかなかった。最初はそれなりの衝撃を以て受け入れられた彼女、いや彼であったが、それを理由に差別されたり排除されたりということはなかった。すすきのとはそういう場所であった。あらゆる種類の人間を受け入れ飲み込み、あらゆる傷を傷のままで保存するのがすすきのであった。すすきのの住人である時点でなんらかの脛に傷を持っているのは自明であったので、今更それが攻撃の対象となることはなかったのである。昼の世界では生きづらいこのオナベもまたすすきのでは「愉快な仲間たち」の一人に過ぎなかった。姿形も十人十色だから惹かれ合うのである。このオナベは狐目で金髪だったのでキツネと呼ぶことにする。余談であるが本名はガルパンの某キャラにかなり似ていた。
 そして時を同じくしてDiorのごま団子が「ビラ隊の主任」に就任した。実はごま団子は一度飛んで(無断で会社に来なくなり、連絡が取れなくなること)いたのだが、その理由が店内業務をやりたくないということであった。ならばビラ専属でということで復帰したのである。ごま団子もまたビラの名手であった。これに加えDiorに新しく入った黒服の八重樫というのと、バイトでキツネの後に入ってきた大学一年生の女とで構成されるビラ隊をごま団子がまとめ上げるのだ。
 八重樫と言うのは偶然にもおれが通っていた音楽専門学校のボーカル科を卒業した後に入社した黒服なのだがこれもまたビラの手練れで、ことビラに関してはクオーレ内最強といっても良かった。調子の良いトークとどこまででもついていく粘り強さで次々と客を引いてくるのである。のちにホストに転向することとなりそのときの源氏名が八重樫だったので八重樫と呼ぶこととする。シジミみたいな目の持ち主で、これも店内業務が嫌だからと言ってビラ専属社員となった。
 キツネのあとに入ってきたバイトのJD1はお世辞にも美人とは言えない容貌で、歯に衣着せぬところがあるキツネは本人のいないところでは「きめえ」と言っていた。このJDはのちにホスト狂いとなるのでホス狂と呼ぶことにする。
 こういったアクの強い面々をまとめ上げなければならないごま団子も苦労したであろう。おれも度々愚痴や弱音のようなものを聞かされた。
 キツネには彼女がいたのだが、これが驚くほどの美人で、ファッションヘルスからパブやキャバなどすすきのを渡り歩いていた。ルックスはニュークラでも通用するくらいであったが体にタトゥーが入っているため無理だということであった。当時はデリヘルに勤務していた。
 それからやや遅れて入ってきたのが当時弱冠16歳の少女であったが見た目は16歳には見えなかった。背は低いが顔立ちはどこかの秘書かというような大人びた雰囲気で、眼鏡をかけていたので尚更であった。これも相当な美人であった。可愛いというより美人であった。父親が苫小牧だか室蘭だかのヤクザの組長で、母親から虐待を受けていたため家出してきたのだという。現在は彼氏と同棲しているという家なき子であった。
 これら「ビラ隊」はごま団子がそうであるため彼らもDiorに出勤してきてDiorで道具をもらい帰りはDIorでタイムカードを押して帰るのであるが、客はもちろんDiorとマリオの両方に入れた。ソフト系がいいという客ならDiorへ、ハード系がいいという客ならマリオへということである。両店舗の客の入り具合を見て空いている方に優先的に入れる采配をするため、ごま団子からはマリオの客状況を確認する電話が頻繁にかかってきた。マリオの責任者クラスにかけるよりはおれにかける方が心安かったのであろう。ごま団子は体は大きいがメンタルが豆腐であった。

 

 

 

 おれはマリオネットの黒服であったので店内業務とビラとを行き来していたが、寒い冬を過ぎてしまえば店内よりビラの方が気楽であった。宇宙人のようなキャストや怖い従業員に囲まれているよりも外でおっぱいおまんこと連呼している方が遙かに自由気ままであった。ビラ隊の面々もおれにとっては気の合う仲間といった感じで楽しかった。
 だがおれはビラ専属ではないので店内が忙しくなってくると店から呼び出され、あの薄暗い空間に戻されるのであった。そして店内が客で沸き返っている様を見る度に戦場のように忙しくなる業務を予見して暗鬱な気持ちになった。
 先述のようにこの会社は客数よりも客単価で勝負する方針であった。だからこそのワンボックスで客とキャストが一対一の接客なのである。なので延長交渉は非常に重要であった。待っている客はどうせビラや案内所から来た半額の客なのでそいつらを入れるよりも店内の客の延長をとる方がキャクタンは良くなるのだ。だが延長を取れば待っている客の待ち時間が長くなるので待たせる役割のフロントが大変になる。フロントはフロントで、45分セット半額の三千五百円で来た客に対して、延長が30分で五千円だったので、それなら最初から90分一万円で入った方がお得ですよ、その代わり五分前コールを付けますなどと言って90分一万円で入れることでキャクタンを上げる使命があった。フロントと店内業務との戦いでもあったのだ。そうしてフロントで「上がった」客は先に待合室に入れていた半額の客より先に入店させてしまうこともあった。
 静岡代表曰く、早い時間(20時~22時くらい)は半額でもいいからとにかく客を入れて「女子給」を埋めろということであった。キャバクラなので最もかかってしまう経費がキャストへの給料である。その日の総売り上げから女子給を引いた額のことを「抜け」と呼んでいたが、この抜けをつくるためにもまずは女子給を埋めなければならない。セット料金45分七千円という高い店であったがビラや案内所経由ではその半額の三千五百円で入れていた(ヨンゴーハンと呼んでいた。45分半額の意味である)。そうしてとりあえず客を入れておいてその中の何%かでもが延長なり場内指名なりを入れてくれれば儲けものである。ビラは客を入れるのが仕事、キャクタンを上げるのがフロント以降の仕事であった。まあ言ってみれば基本無料で課金制のソシャゲや電子書籍でシリーズ物の一巻を無料にして二巻以降を買って貰うのに期待する商法と似たようなものと言えよう。
 そんな風にしてマリオネットもDiorも格安で入れた客から如何にしてむしり取るかということを念頭に置く経営方針であった。高級志向とかいうコンセプトはどこへやらである。店内の雰囲気などは高級っぽいが、前述したように鏡月のボトルに大五郎を詰め、ミネラルウォーターのペットに水道水を注ぎ込む体たらくである。そして肝心要のキャストが何度も言っているように珍獣パークなのだから付加価値などないに等しい。泥船を必死で漕いでいるような有り様なのであった。
 その珍獣パーク問題も、件の店長というのが飛んで以降少しずつ改善するように努めていたようであった。すなわち珍獣を「切り」つつまともな女を入れて少しずつ浄化していくのである。珍獣を切る方法は少しずつシフトを減らしていくのである。最終的には週に二日とか一日とかになり、そこまで来ると流石に女の方でも「勘付く」ので、自主的に辞めると言ってくるのである。それでもその店長が残して行った爪痕は深く、「マリオネットは珍獣パーク」という噂は地元の人間の間には割と広まっており、ビラをやっていても店名を聞いただけで拒絶する者が時偶見受けられた。一方でこの珍獣パークにあってもまともな女というのが奇跡的に何人か存在しており、そいつらは指名客を取っていた。指名客は無論最重要VIPである。ヨンゴーハンの客がうんこだとすれば指名客は神である。神を誘えるキャストは卑弥呼である。金銭的に優遇されていたのは勿論であったが従業員の彼女らに対する扱いも珍獣とは雲泥の差であった。もし彼女らを傷つけたり不快にさせるようなことがあればその黒服は磔獄門ものである。卑弥呼に比べたら一黒服などゴミ同然であった。
 当時おれはトヨタのハイラックスサーフに乗っていた。すすきのに来る前にフリーターの身でありながら無理して買ったやつで絶賛ローン地獄の真っ最中であった。何故フリーターでもローンが通ったのか今以て不思議であるが、中古車屋の奴らがくせ者っぽかったので、まあ色々とあるのだろう。
 マリオネットで車通勤をしていたのはおれとランクルマンだった。ランクルマンは当然ランクルに乗っていた。すすきのはいわゆる「駐禁」が頻繁に来る区域である。駐禁とはこの場合路上駐車を取り締まりに来る暇な交通課のデコスケのことである。デコスケとは警察のことである。すすきのは路上駐車率も他の区域とは比べものにならないくらいに高かったが、駐禁が来る率も高かった。そりゃそうだ。すすきので働く者が仕事を終える頃には終電などとうの昔に出て行ってしまっている。逆に始発が出る頃まで仕事の者もいるが、大抵はその間の中途半端な時間に終業となる者が多い。だから郊外に住む者は車通勤にならざるを得ない。もしくはすすきの近郊に居を構えて徒歩あるいはタクシーで来るパターンである。おれの住むアパートは北区の北30条西2丁目という僻地にあったため(ちなみに創成高校のすぐ裏である)すすきのからは五、六キロの距離があった。すすきのへは地下鉄の南北線に乗れば一発であったがキャバでの仕事は午前の四時~五時ごろに終わるので六時半くらいの始発まで時間が空く。車でなければ厳しいものがあった。
 ボーイ長のジェシーは奇遇なことにおれの自宅アパートのすぐ近くに住んでいた。免許は持っていたが車を持っていなかったために毎日始発を待つか「店泊」をしていた。読んで字の如く店に泊まることだが実はこれは違法である。おれが入店してからは毎日おれが送ってやっていた。マリオネットは定休日が無く従業員は交代で週に一回休日をとっていたのでおれが休みの日はやはり始発を待つか店泊をしていたようで、一度おれが休みの日にわざわざ迎えに行ってやったときは非常にありがたがられたものである。おれがそこまでしたのはジェシーが基本的にいい奴だったからだ。19歳と若かったがボーイ長になっただけあって小僧特有の世の中を舐めきったような素振りは無く、大人のわきまえを持ち合わせていた。その一方でパンクバンドをやっているので気さくで人当たりがよく、一緒にいて疲れない。ただ一つ許せなかったのはジェシーが付き合っていた彼女が当時現役の女子高生だったという実にうらやまけしからん点である。
 キャストの送迎は基本的にそれ専用のスタッフがいて家まで送っていたが、ある日そいつが来られなくなったのかおれにお鉢が回ってきたことがあった。営業が終わり後片付けの段階になってランクルマンからキャスト二人ほどを送るように命じられたのである。おれとしては後片付けをしなくてすむのでラッキーであった。一人は札幌●ームで売り子をしているという奴で先に下りた。もう一人は老人介護施設で働いているという奴で、そのこともこのとき車内で聞いた。住んでいるアパートだかマンションだかのまん前ではなく、ある程度手前でおろしてくれるように言われた。周辺住民に知られたくないのであろう。
 キャストの送迎は別に楽しくもなんともなかったが、気になったのはミキである。彼女は西十何丁目に住んでいて、帰りはタクシーを利用しているという。ワンメーターで行けるような距離ではないので負担は小さくないはずである。そこである日送ってやろうかと申し出ると是非にと喜ばれた。
 ミキを助手席に乗せて早朝の札幌を走る。朝日がまぶしくて信号の色がよく見えなかったのを覚えている。会話はよく覚えていないが、おれはケツメイシやキングギドラのMDをかけており、ヒップホップが好きだということを言っていたのだろう。するとミキもヒップホップが好きだということになり、2PACやらなんやらと話題にされたが、おれにはわからなかった。
「竹中さん、有名どころを何も知らないんですね」と言われ、「今度MD持ってきてあげますよ」と言われた。やがてミキの姉と住んでいるというマンション前まで来てミキをおろした。ただこれだけだがおれには幸せであった。
 既に述べたかもしれないがミキも元々はキャバ嬢で(すなわち本州で言うセクキャバ嬢)あったが、現在付き合っているパブ男の彼氏が嫌がったのでその職を辞し現在の仕事をしているのである。時給900円だかで週に5日の出勤。当然金にはならない。そんなミキをおれは哀れに思っていた。

 

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